高松高等裁判所 昭和31年(う)214号 判決
論旨は要するに、被告人は本件衣類等を焼いてしまう気はなく、これに放火して長谷川ハズエを威そうとしたに過ぎず、室内や軒下で点火すれば危険なのでこれらを屋外の離れた所に持ち出して本件行為に及んだのであつて、その附近には汲み水もバケツに三杯用意されてあつて当夜は風もなく軒下の稲藁及びその家屋に火が燃え移る危険はなかつたものであり、被告人は本件衣類等だけでその火は消し止められることを予定していたのであつて、公共の危険の発生なく本件は無罪である、と言うのである。
本件記録を精査し総べての証拠を検討するに
原判決挙示の証拠により
被告人には妻及び子供四人があるが、約四、五年前から長谷川ハズエ(大正三年十二月二十三日生)を妾とし、昭和三十年八月中旬より徳島県海部郡海南町大里字浜崎の池内マサル方納屋に接する差しかけの三畳間に同長谷川ハズエ及びその子の康子(当時十二才)と同居していた。被告人は素面の時はおとなしいが、酒を飲むと乱暴になり長谷川ハズエを殴つたり蹴つたりすることもあつた。被告人は昭和三十年十一月三日同長谷川ハズエと喧嘩し、近くの料理屋で酒を飲んで翌十一月四日午前二時頃右居宅に帰り、同女と掴み合いの喧嘩をした上、その居宅内の茶わん、鍋、釜、布団、行李等々を戸外に投げ出し、右池内方の納屋軒下に横四尺高さ三尺五寸位に積んであつた乾燥藁から僅か一尺位離れた地面にその布団、行李、毛布等を積み重ね、藁に火を附けていずれも被告人所有のその布団二枚、毛布一枚に燃え移らせて火の手を上げ、右池内方の納屋に延焼する危険を発生させたが、右池内マサル及び池内豊次郎がこれを消し止めたため、前示藁積みにも納屋にも延焼しなかつた。
原判決認定の自己所有建造物等放火の事実を認めることができる。被告人は前示積み重ねた布団、毛布等々を焼いてしまうことに熱中して、その火が他に燃え移ることには注意を払つておらず前示池内豊次郎等が消火しようとするや放つて置いてくれと言つた程である。前示認定の通り、被告人所有の布団、毛布に放火し因て池内マサル所有の藁積み及び納屋を延焼する客観的高度の可能性即ち客観的危険性が具体的に発生したと認められる以上、かかる危険の発生についての被告人の認識の有無に拘らず、刑法第百十条第二項の現住非現住の建造物等以外の被告人所有に係る物を焼燬し因て公共の危険を生ぜしめた放火罪が成立するのである。このように現実他に延焼しなかつたとしても公共の危険が具体的に発生した以上、仮に被告人が直接に焼燬の対象とした前示布団、毛布等以外の物に延焼するのを防ぐための手段を持つていたとしても、右犯罪の成立には影響を及ぼすものではない。
諸般の情状上、原審の被告人に対する懲役三月、二年間執行猶予の刑は量定不当ではない。
(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 渡辺進)